応用編(実務深掘り)

相殺と相殺禁止

このページで扱うこと

相殺禁止の「前に生じた原因」(71条2項・72条2項)の当てはめと、銀行・賃貸借・グループ会社が絡む応用場面を扱います。

端的にいうと:「前に生じた原因」とは、危機を知る前から相殺を当てにしてよい具体的な根拠があったか、という問いです。漠然と「取引が続いていた」では足りず、契約レベルの裏付けが要求されます。

論点1 — 「前に生じた原因」の判定基準

71条2項2号・3号(72条2項も同旨)は、支払停止等を知った後の債務負担でも、それが知る前に生じた原因に基づくときは相殺を許します。判定の視点:

⚠️ 実務の落とし穴(申立側):受任通知の発送順序を誤ると、退避前の口座へ大口入金が着金して相殺されます。入金サイクルの確認→振込先変更→残高退避→通知発送の順序は、どれかひとつ飛ばすだけで数百万円が消える工程です。

論点2 — 開始決定後の預金払戻しと47条

開始決定後、破産者が財団所属の預金を払い戻した場合、破産者の行為は47条により効力を主張できませんが、弁済した銀行側は、開始を知らずに弁済したときは保護されます(50条1項——破産手続開始の公告前の善意弁済は有効)。

論点3 — 三者間相殺・グループ会社間の相殺

A社(破産者)に対する債権をもつ親会社Pが、A社が子会社Sに対してもつ債権を受働債権として相殺する——このような三者間の相殺は、相互性(当事者間で債権債務が対立すること)を欠き、原則として許されません。

論点4 — 賃貸借の敷金・保証金と相殺

論点5 — 給与・退職金との交錯(使用者破産)

使用者が労働者に貸付け(社内貸付)をもつ場合、未払賃金(財団債権・優先的破産債権)と貸付金の相殺は、労基法24条(賃金全額払い)の制約との交錯が生じます。倒産場面でも賃金債権の保護は後退しないため、安易な「給料と貸付金の帳消し」処理はできず、労働者の自由な意思に基づく同意の有無等が問題になります。管財人・申立代理人とも、賃金台帳上の「控除」の経緯を精査する必要があります。

確認問題

【○×】契約上の三者間相殺の合意があれば、倒産手続においても、相互性を欠く三者間の相殺を対抗することができる。

答え:× 判例(最判平成28年7月8日・民事再生の事案)は、三者間相殺の合意があっても、倒産手続上は相殺の相互性を欠くものとして効力を認めませんでした。グループ会社間の債権債務は会社ごとに分別して処理されます。

【○×】賃貸人が破産した場合、賃借人は敷金返還請求権を自働債権として、破産財団に対する賃料債務と当然に相殺することができる。

答え:× 敷金返還請求権は明渡し時までは停止条件付であり、賃料との単純な相殺はできません。賃借人の保護は、賃料支払時に寄託を請求できる制度(70条後段)によって図られています。

【事例】X社の申立代理人として受任通知を発送する前日、X社の主要取引先からの売掛金800万円が、借入れのあるB銀行の口座に毎月25日に入金されることが判明した。今日は20日である。段取りを示せ。

解答例 ①直ちに取引先に対し振込先変更(借入れのないC銀行口座等)を依頼する。25日の入金に間に合わない場合は、②受任通知の発送を入金・払戻し後まで遅らせることを検討する(ただし他の債権者の動向・差押えリスクとの比較考量)。③入金後は速やかに払い戻して現金・別口座に退避し、その後にB銀行を含む全債権者へ通知を発送する。なお退避した資金の使途(予納金・労務費等)は記録化する。通知発送後の入金になった場合、B銀行は71条1項3号により相殺を禁止されるのが原則だが(「前に生じた原因」の抗弁の争いになる)、紛争化自体がコストであり、入金サイクルを踏まえた発送タイミングの設計で予防するのが実務の定石である。

🤖 このページについてAIに質問する

わからないことがあれば、下のテンプレートをコピーして Claude などのAIに貼り付けて質問できます。テストを作ってもらうのもおすすめです。