このページで扱うこと
否認の成否が実際に争われるポイント——「いつから支払不能だったのか」「新規融資の担保はなぜ否認されないのか」——と、否認の相手方(受益者)側で受任した場合の防御を扱います。
端的にいうと:偏頗行為否認の主戦場は「支払不能の始期」の認定です。管財人はなるべく早く、受益者はなるべく遅く主張する——その綱引きの素材は、結局のところ資金繰りの客観的資料です。
論点1 — 支払不能の認定
支払不能(2条11項)は「弁済能力の欠乏により、弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済することができない客観的状態」です。
- 弁済能力は現有資産だけでなく、信用・収入(労力)による調達力を含めて判断される——借入れで自転車操業ができている間は、直ちに支払不能とはいえない
- 他方、返済原資を新たな借入れに依存する状態が常態化し、信用の限界(新規借入れの拒絶)に達した時点で支払不能が認定されやすい
- 個別の弁済の停止(一部の債権者への延滞)があっても、全体として弁済できていれば「一般的かつ継続的」を欠く
実務での認定資料:資金繰り表、借入れ・返済の時系列、延滞の発生時期、債務者の仕入先への支払状況。受任通知発送=支払停止により支払不能が推定される(15条2項)ため、それ以前の行為の否認では管財人側が支払不能の始期を立証する構図になります。
論点2 — 同時交換的取引の除外
偏頗行為否認の対象は「既存の債務についてされた」担保供与・債務消滅行為に限られます(162条1項柱書)。
- 新規融資と同時にする担保供与は、既存債務についてのものではなく否認対象外——危機時期の債務者にも新たな資金調達の途を残す趣旨
- 商品の現金仕入れ(同時交換的売買)も同様に否認の対象にならない
- 境界事例:既存債務の借り換えに伴う担保供与は、実質は既存債務への担保供与であり否認対象となりうる
論点3 — 対抗要件否認(164条)
権利の設定・移転行為自体は否認できないが、対抗要件具備行為(登記・登録・通知承諾)だけを切り離して否認する制度です。
要件:①支払停止等の後に、②権利の設定・移転から15日を経過した後、③支払停止等を知ってされた対抗要件具備行為。
実務での顔:危機時期に駆け込みで経由された「実は半年前に売買していた」という主張への対抗手段。原因行為の日付の真実性(バックデート)も併せて争われます。
論点4 — 転得者に対する否認(170条)
受益者から財産を転得した者に対しては、①受益者に対する否認原因があり、かつ②転得者が転得当時、受益者に対する否認原因を知っていた場合に否認できます(転得者が内部者の場合は知情推定)。
転得者の善意で財産の回復が遮断されるため、管財人側は受益者への価額償還(168条参照)で財団回復を図ることになります。
論点5 — 否認の相手方(受益者)側の防御
債権者側・受益者側で受任した場合の防御の定石:
| 否認類型 | 防御のポイント |
|---|---|
| 偏頗行為否認 | 支払不能の始期を争う(弁済受領時はまだ自転車操業が回っていた)/悪意の否定(取引継続中で延滞もなく、危機を知る手がかりがなかった)。内部者でなければ立証責任は管財人側 |
| 無償否認 | 無償性を争う(対価性のある関係——過去の援助の清算等は認められにくいが、扶養義務の履行としての送金は無償行為にあたらないという構成は检討に値する)/時期(支払停止前6か月より前)を争う |
| 詐害行為否認 | 受益者の善意の抗弁(160条1項の「知らなかったとき」——立証責任は受益者にあるため、取引経緯・当時の決算書の入手状況等で具体的に立証) |
| 相当対価処分否認 | 対価の相当性の立証(査定・市場価格)と、隠匿等の意思の知情の否定 |
否認請求(174条)・否認の訴えのいずれでも、和解的解決(一部返還)は広く行われています。受益者側にとって、敗訴リスクと回収コストを織り込んだ早期の金額交渉が合理的な場面は多いです。
確認問題
【○×】新規の融資と同時にその融資債権を担保するために設定された抵当権は、設定が支払不能後であっても偏頗行為否認の対象とならない。
答え:○ 偏頗行為否認の対象は「既存の債務についてされた」担保供与に限られます(162条1項柱書)。同時交換的な担保供与は対象外であり、危機時期の資金調達の途を保障しています。
【○×】不動産の売買から15日以内に経由された所有権移転登記は、支払停止後にされたものであっても対抗要件否認の対象とならない。
答え:○ 対抗要件否認(164条)は、原因行為から15日を経過した後、支払停止等を知ってされた対抗要件具備行為を対象とします。15日以内の具備は通常の取引として保護されます。
【事例】貸金業者側で受任。破産会社から破産申立て4か月前に300万円の弁済を受けたところ、管財人から偏頗行為否認に基づく返還請求を受けた。防御の組み立てを示せ。
解答例 ①支払不能の始期を争う:弁済受領時点で破産会社が支払不能であったことの立証責任は管財人にある。当時の同社の他債権者への支払状況(延滞の不存在)、自社との取引の正常性(約定どおりの弁済)を整理する。②悪意を争う:弁済受領時に支払不能・支払停止を知っていたこと(162条1項1号イ)の立証も管財人側にある。当社が内部者でない限り推定は働かない。延滞・条件変更の申出・信用情報の異動など危機を知りうる事情がなかったことを具体的に示す。③仮に要件充足の可能性が相応にある場合は、訴訟コストと遅延損害金を考慮し、一部返還による和解の水準(弁済額の○割)を早期に検討する。