基礎編

意思表示総論・心裡留保

このページで学ぶこと

制度の趣旨

私的自治の原則のもと、法律行為の効力の源は表意者の意思にあります。しかし意思は内心の事象であり、相手方は表示を通じてしか知りえません。 意思と表示が食い違ったとき、表意者の意思を貫くか(意思主義)、表示への信頼を守るか(表示主義)——。民法93条以下の意思表示規定は、この対立を場面ごとに調整するルール群です。

心裡留保は、表意者が自ら真意でないことを知りながら表示した場合です。このような表意者は保護に値しないため、表示どおりの効力が原則とされます(93条1項本文)。

解説

意思表示の構造

伝統的な分析では、意思表示は次の過程を経て成立すると説明されます。

動機 → 効果意思 → 表示意思 → 表示行為
(買う理由)(買おうという意思)(意思を表示しようとする意識)(「買います」と言う)

💡 かみくだくと:93条〜95条は「心の中と言ったことのズレ」を、①わざと一人で(心裡留保)、②わざと二人で(虚偽表示)、③うっかり(錯誤)、の3パターンに分けて処理する仕組みです。この見取り図を持っておくと総則の意思表示が一気に整理できます。

心裡留保(93条)

民法93条1項 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

原則(本文):冗談やリップサービスでも、表示どおり有効。 真意でないと知りつつ表示した表意者に帰責性がある以上、表示を信頼した相手方の保護が優先されます。

例外(ただし書):相手方が真意でないことについて悪意または有過失なら、無効。 表示を信頼していない(または信頼に過失がある)相手方には、保護すべき利益がないからです。

要件と効果の整理

93条1項ただし書による無効の要件

  1. 意思表示の存在
  2. 表示と真意(効果意思)の不一致
  3. 表意者がその不一致を知っていたこと(知らなければ錯誤の問題)
  4. 相手方が真意でないことにつき悪意または有過失であること

効果:意思表示は無効。要件4を欠く(相手方が善意無過失)場合は原則どおり有効(1項本文)。

第三者の保護(93条2項)

民法93条2項 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

ただし書により無効となる場合でも、その無効は善意の第三者には主張できません。2020年施行の改正で新設された規定で、94条2項と同様の第三者保護の発想です。錯誤(95条4項)と異なり、無過失は要求されていない点に注意してください。

規定第三者保護の要件
93条2項(心裡留保)善意
94条2項(虚偽表示)善意
95条4項(錯誤)善意かつ無過失
96条3項(詐欺)善意かつ無過失

💡 かみくだくと:表意者の「悪さの度合い」が大きいほど、第三者は守られやすくなります。わざと嘘の外観を作った心裡留保・虚偽表示では第三者は善意だけで保護され、表意者がうっかり者にすぎない錯誤・被害者である詐欺では、第三者側にも無過失まで求められるのです。

具体例

例1 Aが友人Bに、売る気もないのに「俺の時計、1万円でいいよ」と言い、Bが「買った」と応じた。 → Aの意思表示は心裡留保。Bが冗談と知らず、知りえなかったなら契約は有効(93条1項本文)。会話の状況から冗談と分かったはずなら無効(ただし書)。

例2 Aが真意なくBに土地を売ると表示し、Bは真意でないことを知っていた(無効)。その後Bが事情を知らないCに土地を転売した。 → AB間の売買は93条1項ただし書により無効だが、Aはその無効を善意のCに対抗できない(93条2項)。Cは土地の所有権を取得しうる。

よくある勘違い

確認問題

【○×】表意者が真意でないことを知ってした意思表示は、原則として無効である。

答え:× 原則は有効です(93条1項本文)。相手方が悪意・有過失の場合に限り無効となります。

【○×】93条1項ただし書により無効となる意思表示の無効は、善意かつ無過失の第三者に限り対抗できない。

答え:× 93条2項の第三者保護要件は善意のみで、無過失は要求されていません。

【○×】効果意思と表示の不一致を表意者自身が認識していない場合は、心裡留保ではなく錯誤の問題となる。

答え:○ 不一致の認識の有無が93条と95条の振り分け基準です。

【短答式】心裡留保(93条)と虚偽表示(94条)の異同を、意思と表示の不一致に関する認識の観点から説明せよ。

解答例 いずれも表意者が意思と表示の不一致を認識しながら意思表示をする点で共通する。異なるのは、心裡留保が表意者単独で真意に反する表示をするのに対し、虚偽表示は相手方と通謀して虚偽の表示を作出する点である。このため効果も異なり、心裡留保は原則有効(相手方悪意・有過失で無効)、虚偽表示は当事者間では常に無効とされる。

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